ブランドは背伸びから親しみに変化しているのだろうか

ブランドの権化アップルが、広告をデジタルと地域限定にシフトするようだ。記事を読む限り、デジタルとはソーシャルサービスを指しているよう。

これはアップルだけに限らず、ブランドが大きく転換しだしている象徴かもしれない。顧客に愛されるブランドになるためには、生活に密着し、ソーシャルに寄り添う必要があるということ。ブランドリフトの反グローバル化とでも言うべきか。

トップブランドというものは、消費者の背伸び欲求に対して訴えかけていたものが、身近な存在である必要が出て来たのか? 「会いに行けるブランド」…… いや、ブランドはもともと会いに行けるものを憧れてもらうものだから少し違うか。ともあれ、ブランドが目指すものは憧れから親しみに変わって来ているのかもしれない。

無理して欧米の人の画像をアイキャッチに入れなくなるかもしれない。全米がほげほげとか言わなくなるかもしれない。

旧世代のブランドマネージャーには辛くなりそうである。

Amazonのおもちゃ定期購買サービスから買い物の選択権がAmazonに移りゆく未来を深読みする?

Amazon(米)が、教育玩具の定期購買サービスを開始する。ユニークなのはおもちゃはAmazonが選ぶという点。

記事では、Amazonのねらいは「設定したら忘れる」心理をついて収益を上げることだとしている。

このAmazonの目的をもう少し深読みしてみたい。もしかするとAmazonは商品の選択権を消費者から取り上げようとしているのではないだろうか。

新しく始まる定期購買サービスの対象はSTEM玩具だ。このようなカテゴリーの製品は選択するのが非常に難しい。STEM玩具を子供にプレゼントしたいが、具体的な商品はどうしていいのかわからない。このような場合に取りうる選択肢は、売上ランキング上位かグーグル検索上位かだ。

Amazonはここを解決するためにAmazon自身が製品を選んでいるのではないだろうか。Amazonが膨大なデータをもつ自分たちのほうが消費者よりも適切な製品を選べると思っていても不思議ではない。

IoTの文脈で語られるダッシュについても、同じ商品を繰り返し購買しやすいということは、選択することを奪っているとも言える。ダッシュボタンが製品でなく洗剤やミネラルウォーターというカテゴリを発注するボタンになったらどうなるだろうか。Alexaがあつめた会話を解析して、家主より適切な商品を届けてくれるかもしれない。

こうなると買い物の選択を奪われたのか、買い物から解き放たれたのか考えてしまう。

どちらが幸せだろうか?

回送を謝るバスに悲しみしか感じない

沖縄バスが回送中に「申し訳ありません」というお詫びを表示しながら走っているらしい。

ディストピアとしか言いようがない。

回送は別に悪いことではない。輸送効率の向上のためや、車庫間の移動のためという正当な理由があるはずだ。

なぜ謝らないといけないのか。下僕なのか? バスは料金を払えば移動できるサービスではなかったのか? これが日本が世界に誇るおもてなしとやらなのか? 海外にこれを成功事例として発表するの?

回送で申し訳ございませんは、心配りや気配りではなく卑下である。こんな卑屈になるのではなく、正々堂々と課題解決を褒めるべきではないだろうか。

バスが渋滞で遅れているときの利用者の心情を慮るなら、バスの現在地をモバイルでより正確に把握できるようにするほうが先決だろう。

文科省のメール誤送信に思う、失敗は良いことだと見せつけてほしい

失敗してもいいんだよ。よりよくすればいいだけだから。

各所で色々言われている文科省のメール誤送信対応。メールで重要情報を送らないというのは正しい。ただ、今後は紙にするという対策が少し残念だ。

メールは安全ではない

失敗の原因を考えてみたい。これは明らかにメールに重要な情報を添付したことだ。

「メール 盗聴」などでググればたくさん情報が出てくるだろうし、多くの社会人はメールが安全でないことは会社で学んでいるはずである。

誤送信があろうがなかろうが関係ない。メールで大事な情報を送ってはいけないのである。

連絡と情報を分ける

じゃどうするのかっていうと、連絡と情報を分けるというのが解決策ではなかろうか。

メールで連絡をしては良いけれど、情報は別の権限管理などがきちんとできるところに置くこと。ファイル自体はBOXなどにおいて、そのURLをメールでお知らせするという具合だ。

これであれば、誤ってメールを送ってしまったとしても、被害は最小限に抑えられる。ファイルが開けないのだから。

失敗は悪いことではない

人間なんて失敗する生き物なんだから失敗すること前提でものごとは組み立てて起きたい。それでも失敗するのだけれど、そうしたら失敗前より良くするか、あえて何もしないかというようにしないと。

そうでないと失敗が悪いことになってしまう。

文科省さんにおかれましては、「失敗してもいい、よりよくするチャンスが巡ってきたんだ」ということを子供たちに見せつけてほしいところである。

ホットペッパービューティーを追いかけるminimoというサービスについて

minimoというサロン集客ツールが人気のようだ。mixiのIRによると2016年10月の時点で利用者は累計130万人を突破しており、CM攻勢もかけているようだ。

上記のポストによると若年層にはホットペッパーよりも強いらしい。

ヤフオクに対するメルカリのように、PC時代に絶対的な王者がいたジャンルを覆すスマホ時代の旗手になるのだろうか。倒すべき王者はもちろんホットペッパービューティーだ。

ただ、調査によるとまだまだ王者の背中は遠そうだ。

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この調査によると、ホットペッパービューティーの推計UUは約300万だ。mixiのIRによる公式発表と推定を比べるのはフェアではないが、それでも累計130万との違いは大きい。

minimoのウリはサロンではなくスタッフにフォーカスしていることと、事前にメッセージをやりとりできようだが、ここはスマホ時代の王者LINEが攻めてくると非常にこわい領域だ。

あと、純粋なCtoCと違いこの手のサービスはサロン側を巻き込む必要があり、そこはやはりホットペッパービューティーに一日の長があるだろう。というかリクルートはそこで天下を取っており、あの領域では難攻不落である。

サロン募集ページを見てみると、ホットペッパーはフリーダイヤルの電話が用意されているのに対し、minimo側はフォームのみのようだ。

ともあれ、上記ページを見る限りではスマホでの使い勝手はminimoの方が使いやすそうであるので、ぜひとも頑張って欲しいサービスである。

ブランドマークが好まれないのではない、ブランドが好まれてないのだ

ブランドロゴをはずす人たちへの考察。

消費者の価値観が変わり、昔は好まれていたブランドのロゴが今わ嫌われる存在になっている。

 1990年代から2000年代にかけて、消費者は鼻高々にブランドネームを見せびらかしていた。しかし今では、同じブランドマークを身につける没個性を避け、ロゴのない衣類を好む消費者が登場した。こうした流れを受けて、ロゴを多用するブランド数社は方針転換を図った。

「ブランドマークを身につけたい人はもういない」とアバクロンビー・アンド・フィッチ(アバクロ)の主席デザイナー、アーロン・レビーン氏は言う。

これは本当だろか?

(アバクロの)ブランドマークをつけたい人はもういない、と括弧書きがつくのではないだろうか。

マークはブランドの顔である。人間が歳をとれば内面が顔に現れるのと同じで、ブランドの歴史がマークを通して消費者に伝わっているではないだろうか。

まず見直すべきは、マークという外面ではなく、ブランドの物語や価値観という内面かもしれない。

VRを見据えて、コンテンツへの没入を邪魔しないUruの広告手法とは

さまざまな問題がありつつも、パブリッシャーにとって広告はなくてはならないものである。

ニューヨークにあるUruは、ビデオパブリッシャーに対して新しい広告手法を提供する。その手法とは、ビデオの中で広告を入れることができそうな表面を見つけて、そこに広告を差し込むという方法である。

Uruがつくっている映像を見てほしい。

UruのCEOであるMarinoはこのように語る。

ARやVRの普及とともに、これからはますます、没入的なメディアの時代になるから、それらをコマーシャルで中断する広告形式が本当に良い方法か、企業は真剣に考えてみる必要がある。コンテンツを妨害せず、むしろコンテンツとよくなじみ、よく調和する広告形式が良いに決まっているではないか

ユーザーのコンテンツに対する没入を過度に邪魔しないことはこれからは必須だろう。かといって動画ごとに広告入れ込んでいるとスケールすることは不可能である。

このUruの方法でブランドリフトの結果が出れば、この手法は広まるかもしれない。(そうなればきっと大手媒体が同じことをするか、買収するかするだろうが)

願わくば、ユーザーを欺くVR広告が蔓延する前にこのような手法が標準になって欲しい。