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ことなかれのために技術をつかうことは開発者の役割ではない

 

マナーモードでもシャッター音がなる携帯電話。田代まさし氏の盗撮事件が1つの契機となって通信業界が自主規制として盛り込んでいる。

 この自主規制は整合性を欠いていると言わざるをえない。ジャーナリストの西田宗千佳氏はこう述べる。

「いくらでも音を消すアプリがある以上、盗撮をしようとする人の抑止にはならない。それに、デジカメは音を消せますからね。矛盾ですよ」とスマートフォンに詳しいジャーナリストの西田宗千佳さんは指摘する。

 

変わらないのは、そもそも「音が鳴るのが普通」と多くの人が思い込んでいるからだ。西田さんはこう言う。


「不便だと思いつつ、ユーザー側も当たり前と思っています。事業者側も、今まで『盗撮防止』と言ってきた手前、変える理由がない。世界と比べて特殊、ということに気づいて、ユーザーが声を上げていくほかないと思います」

 

 これに対して、J-フォンで写メールの開発に携わった高尾慶二さんはこう述べる。

「歩いている時や、電車に乗っている時、エスカレーターを上っている時など、状況を振動センサーや加速度センサーで判別して、シャッター音を鳴らせばよいと思います。判別できないシーンが新たに明確化されたら、またその状況を認識するためのセンサーは何があるのか、それを考えるのが開発者の役割」

 たしかにモバイルデバイスの進化によりジャイロなどを使うと様々な改善をすることが可能だと思う。

 

しかし、ここで問題なのは「そもそも」シャッター音が必要なのかということなのではないだろうか。

この前提条件をさけて、誤った前提を生き延びるのに技術力を使うのは不幸だ。

 

本来であればこの技術力を使って世界市場と戦う武器をつくるのが開発者の役割ではないだろうか。